2017. 12. 24.

評価される芸術家像とは

ゆうじろうです。

今日も受験対策お疲れ様です。

今日はクリスマスということですが、僕は個展会場に籠っています。


あなたはクリスマスをどんな風にお過ごしですか?

高校生活最後のクリスマスという方も、そうでない方もいらっしゃることと思います。


クリスマスなので何かクリスマスっぽいイベントをやろうかとも思いましたが、先日の【VERTEX】の作り込みと古典準備でそこまでは手が回りませんでした。

ですが今後、色々な企画を考えていますので楽しみにしていて下さいね。



さて、
今日の個展会場には大学の教授も来てくださいました。

芸術家としてやっていくためのスタンスとして、どういう立場を取るべきかという戦略的な話が特に印象的でした。


芸術家として生きていくためには、単に自分の好きなものを作ればいいというわけではありません。

もちろん、芸術は自己表現なのでそれも大切なんですが、それだけだと評価されづらいということです。


どういうところで評価されるかというと、表現としての面白みは当然のことながら、一人の人間としての「アイデンティティ」の部分がどういうスタンスか、ということが重要ということらしいです。

大きな意味で捉えれば「国民性」ですね。


例えば海外に出て作家活動をしていくとなれば「日本人」という肩書は付きまといますし、それをどう利用するかです。


逆に国内でやるにしろ、

どういう地域で育ったか、
どういう環境で生きてきて、
どういう考え方になったか

という部分で評価が分かれたりするんだそうです。


芸術をやっていると、無意識もうちにも、育った土地の色が作品に反映されるものです。

作品だけを見ても、これは日本人の絵だとか、これは外国人の絵だとか、わかることがよくありますよね?


やっぱり無意識にもそういうものは反映されてくるわけです。


僕は京都出身なんですが、
どことなく作品に京都っぽさがあります。

やはり京都にいると、お寺の中で色々な襖絵やら装飾を見ますから、そういうものが滲み出てくるのでしょう。


それは色彩であったり、モチーフであったり、空間の使い方であったりと様々です。


そういう部分は自分の体質的なものとしてあるわけですから、無理に退けない方がいいと感じています。

僕も数年前までは西洋の古典絵画に傾倒していた時期があり、そういう方向性でやっていきたいとも考えていたのですが、色々と自分の表現を続ける中でどんどん方向性が変わってきました。


無理に自分の体質的なものを退けるのではなく、そういうものをむしろ利用した方がより強い表現になります。

強い、というのは激しいという意味ではなく、
より、自分自身にしかない、しっかりと根を張った強固な表現になっていく、という意味です。


そういう強い作品が評価されていくわけですね^^


そう考えると、やはり芸術は結局自分自信を見つめ続ける作業ということなんですよね。


それなしでは制作は成り立ちません。



今日のメルマガはこれで以上とさせていただきます。

今日も読んで頂いてありがとうございました。

引き続き、受験対策頑張ってください!

クリスマスも楽しんでくださいね(^^)

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